更新日:2021-12-10
『抵当に入っている土地を相続したけれど、どうすればいいかわからない』
『相続放棄をしたら抵当権が設定されている不動産はどうなる?』
『住宅ローンの債務が残ったまま亡くなった場合の手続きについて詳しく知りたい』
この記事はそのような方向けに書いています。
こんにちは、司法書士の樋口です。
私は東京都新宿区に本社を構える司法書士法人リーガル・ソリューションの代表司法書士で、相続、不動産登記、不動産に関する訴訟手続きをメインに取り扱っています。
ローンを利用して不動産を購入した方が、返済期間中に亡くなってしまったという場合、団体信用生命保険への加入の有無で債務や手続きが大きく異なります。
一般的には団体信用生命保険に加入していることがほとんどですので、基本的には相続による所有権移転登記と抵当権抹消登記が必要になるといえるでしょう。
他方、団体信用生命保険に加入していない場合には、事例によって行う手続きは異なります。
今回は、抵当権が設定されている不動産の所有者が亡くなった場合において、必要となる様々な手続きを図解イラストを交えて具体的に解説しています。
相続登記の全体について詳しく知りたい方は『相続登記とは?亡くなった人の不動産の名義変更について法改正点も含め解説』をご覧ください。
この記事で分かること
そもそも抵当権とは
抵当権とは、金融機関が融資をするときなどに、貸したお金を確実に回収するために、不動産を担保に取る手法の一つです。
返済が滞った場合、金融機関は、抵当権が設定された不動産を競売にかけ、競売代金の中から優先的に配当を受けることができます。
抵当権を登記するための手続きを抵当権設定登記といい、金融機関は、この登記を申請することを条件に融資を行います。
債務者が借入金を完済し、債務がなくなると、これを担保するために設定されていた抵当権も自動的に消滅します。
ただし、登記まで自動的に変更されることはなく、これを消すためには、別途、抵当権抹消登記を申請する必要があります。
抵当権付き不動産を相続したら
人が亡くなると、その人の遺産は、不動産や預貯金などのプラスの財産も、借金などの負債も、すべて相続人へと受け継がれます。
ただし、無条件に承継されるわけではなく、相続人は次の3つから、引き継ぐ方法を選ぶことができます。
- 単純承認 プラスの財産もマイナスの財産も、すべて承継する
- 限定承認 プラスの財産で支払える範囲内で、マイナスの財産も承継する
- 相続放棄 プラスの財産もマイナスの財産も、すべて承継しない
自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、限定承認や相続放棄の申述をしない場合には、原則として単純承認をしたことになります。
3か月の期間が置かれているのは、相続人が遺産を調査し、相続するか放棄するかを決めるのに一定の時間が必要なためです。
遺産の中に不動産があり、抵当権がついている場合には、相続人が返済義務を負ったり、抵当権の実行により不動産を失ってしまったりする可能性もあります。
そのため、不動産については、まず次の2点を確認してから、引き継ぐかどうかを判断されるといいかと思います。
- 不動産に抵当権が設定されているか
- 抵当権が設定されている場合、残債務があるか
なお、共有者のうちの一人が亡くなり、その持分を承継する場合も、基本的な考え方や手続きは同じです。
抵当権がついているかどうかは、登記簿謄本を取得すると確認することができます。
登記簿謄本は、表題部と権利部で構成されており、権利部はさらに甲区と乙区とに分かれています。
乙区は、ここに記録されるべき登記の申請があった場合に初めて開設される部分で、どの登記簿にも必ずあるというものではありません。
担保権に関する登記は乙区に記録されますので、取得した登記簿に表題部や権利部しかない場合には、その不動産には抵当権がついていないということがわかります。
抵当権が設定されている場合の登記記録例は、例えば次のようになります。
その後に完済などで抵当権が消滅し、抹消登記が申請された場合でも、いちど開設された登記記録が削除されることはありません。
乙区に記録された事項が抹消や変更などによって効力を失った場合には、その部分に下線が引かれます。
削除してしまうと、最初から設定されていなかったのか、設定後に抹消されたのかがわからず、権利変動の過程を正確に公示することができなくなってしまうためです。
不動産に抵当権が設定されていることが判明した場合には、次に、残債務を支払う必要があるかどうかを確認します。
被相続人が負担していた債務は、原則として、相続開始と同時に法定相続分の割合で分割され、各相続人へと引き継がれます。
ただし、住宅ローンの残債務については、団体信用生命保険の適用により、相続人が支払い義務を負わないことも多いです。
団体信用生命保険(団信)というのは、住宅ローンの契約時に加入する生命保険です。
基本的な内容は、住宅ローンの契約者が死亡したり高度障害状態になったりした場合に、それ以降の返済が免除される、というものです。
生命保険の一種ですが、一般的なものとは異なり、相続人が保険金を受け取ることはありません。
お金は保険会社から金融機関に対して支払われ、それが残債務に充当されることで、住宅ローンが完済されたことになります。
多くの金融機関では、団信への加入が住宅ローン契約の前提とされていますので、被相続人が亡くなった場合でも、相続人が返済を続ける必要はありません。
ただし、ローンの内容によっては加入していない可能性もありますので、債務が残るのかどうか、借入れをした金融機関に確認をするようにしてください。
相続放棄をする場合
債務が残るうえに金額が大きく、相続人にとって負担となるような場合には、相続放棄の手続きをすることも考えられます。
相続放棄とは、被相続人の財産や権利義務を一切引き継がないこととする制度です。
これが認められるためには、原則として、自分のために相続の開始があったことを知った日から3か月以内に、放棄する旨を家庭裁判所で申述しなければなりません。
申述が受理されると、その人は初めから相続人ではなかったものとして取り扱われます。
ただし、受理された後であっても、遺産を使ったり隠したりしてしまうと、単純承認をしたものとみなされ、返済義務を負わなければならなくなる可能性があります。
抵当権付き不動産を相続する場合
では、抵当権つきの不動産を承継するという選択をした場合には、どのような手続きが必要になるのでしょうか。
次の事例をもとに解説していきます。
事例
Aは、平成26年6月10日、甲銀行から借り入れをするにあたり、Aが所有する不動産に抵当権を設定した。
令和2年3月26日、Aが死亡した。Aの相続人は子BCの2名である。
抵当権付き不動産を相続した場合の流れ
Aは、不動産の所有者であり、かつ借入れの債務者という2つの立場にありましたので、相続もそれぞれについて考えます。
必要となりうる登記手続きとしては、次の3つが考えられます。
①所有権移転登記
②抵当権変更登記
③抵当権抹消登記
相続登記(所有権移転登記)
ここでは、BCが法定相続分どおりに取得するものとして話を進めます。
法定相続分通りに登記を申請し、法定相続分の登記が完了しました。
関連記事:法定相続分による相続登記の流れ|保存行為で単独申請する場合についても解説
抵当権債務者変更登記
抵当権設定登記においては、債務者の住所と氏名も記録されます。
Aの債務が残っており、相続人が引き継いで返済を続ける場合には、この債務者の部分を相続人へと変更する登記を申請します。
なお、金融機関や残債務額によっては、債務者変更の登記手続きを行わないケースもあります。
債務者の変更登記は、甲区の所有者(B及びC)と抵当権者(甲)が共同で申請します。
主な添付書類は次のとおりです。
㋐登記識別情報
㋑登記原因証明情報
㋒委任状
【㋐登記識別情報】
①の所有権移転登記が完了すると、BCに対し、新たに登記識別情報が発行されますので、これを提供します。
ただし、①の登記と②の抵当権変更登記を同時に申請する場合には、まだ手元にないため、用意する必要はありません。
【㋑登記原因証明情報】
登記原因証明情報というのは、なぜ今回の登記を申請するのか、その理由が記載された書面のことです。
相続による抵当権変更登記の場合には、例えば次の書類が登記原因証明情報となります。
- ①の相続登記の際に使った戸籍一式
- 遺産分割協議書
- 報告形式の登記原因証明情報
【㋒委任状】
登記手続きを司法書士に依頼する場合に必要となります。
通常は、金融機関か司法書士が作成します。
法定相続分での債務者変更
最初のほうでも触れましたが、被相続人が負担していた債務は、各相続人へ法定相続分に応じて承継され、以後はそれぞれが債権者に対して返済義務を負うことになります。
相続が発生すると同時に、当然に分割されて各相続人へと引き継がれますので、厳密にいうと遺産分割の対象とはなりません。
(法定相続による債務者変更登記の例)
債権者の承諾が得られた場合の債務者変更
ただし、特定の人のみが債務を承継するという遺産分割がされた場合には、債務引受の合意されたものとして、相続人間では有効になると考えられています。
例えば、BとCとの間で、Aの債務をすべてBが引き受けるという合意が成立したとしします。
この時点では、あくまでも相続人間の内部的な合意ですので、甲は、BCそれぞれに対し、持分に応じた金額の支払いを請求することができます。
Cが甲に対して支払いをした場合には、BC間ではBが返済することになっているので、CはBに対し、出した金額分を請求することが可能です。
BC間で行われた債務引受の合意を、債権者甲との関係でも有効とするためには、甲の承諾を得る必要があります。
仮に、Bに十分な資金力がなかった場合、甲は債権を回収することができなくなってしまうリスクがあるためです。
承諾があった場合には、債権者との関係でもBのみが返済義務を負うことになり、甲はCに対しては請求することができません。
債務引受による抵当権変更登記は、BCへの法定相続による登記を経ることなく、直接B一人を債務者として手続きをすることができます。
ただし、この申請をする際には、登記原因証明情報として、債権者が承諾したことがわかる書類を添付することが必要になります。
免責的債務引受
相続による債務者変更の登記手続きをしたあとに、債務引受の合意などがあり、さらに債務者が変更された場合には、再度の登記申請が必要です。
債務引受には、㋐免責的債務引受と㋑併存的債務引受の2つがあります。
免責的債務引受の場合、従来の債務者は権利関係から完全に抜けるため、登記簿でも下線が引かれます。
例えば、法定相続どおりに債務者変更登記を申請し、その後、甲の承諾を得てBがCの債務を免責的に引き受けた場合の登記記録例は、次のようになります。
重畳的債務引受(併存的債務引受)
以前は重畳的債務引受とも言われていましたが、令和2年4月1月から、条文上は「併存的債務引受」として規定されました。
免責的債務引受では、従来の債務者が債権債務関係から完全に離脱するのに対し、併存的債務引受の場合には、そのまま残ります。
新たな債務者と既存の債務者とは、連帯債務の関係になります。
(Bの債務をEが併存的に引き受けた場合)
抵当権抹消登記
返済や団信の適用などにより被担保債務が消滅した場合には、抵当権も消滅しますので、抹消登記の手続きを行います。
抵当権抹消登記の申請は、所有者と抵当権者とが共同で行います。
ただし、必ずBC甲の三者が関与しなければならないわけではなく、B甲またはC甲の二者が申請人となって手続きをすることも可能です。
不動産に設定されている抵当権の抹消登記手続きをすることは、財産の価値を保持し現状を維持する行為(保存行為)にあたります。
保存行為の場合には、共有者の中の特定の人が、共有者全員のために登記申請をすることができるとされています。
債務が完済されると、金融機関から抵当権の抹消登記手続きに必要な書類が渡されます。
具体的な内容は金融機関によりますが、登記の添付書面として、最低限、次の書類が必要になります。
㋐登記原因証明情報
㋑登記識別情報通知または登記済証
㋒委任状
㋐登記原因証明情報
具体的なタイトルは金融機関によって異なり、例えば「(抵当権)解除証書」「(抵当権)弁済証書」「登記原因証明情報」のように記載されています。
㋑登記識別情報通知または登記済証
抵当権設定登記がなされた際に、金融機関に対して発行されたものです。
登記済証の場合には、抵当権設定契約書に、「登記済」の印と日付・受付番号が押印されたものが渡されることが多いです。
㋒委任状
抹消書類として渡される委任状は、金融機関の分です。
設定者分の委任状は、通常は司法書士が作成します。
この抹消書類のセットが手元にあるかどうかで、手続きの進め方が変わってきます。
抵当権抹消書類がある場合
すでに抹消書類が手元にある場合には、相続登記と同時に申請することができます。
Aの死亡前に債務を完済していたときは、Aの地位を承継したBCが、甲とともに手続きを行います。
この場合、㋐相続登記を入れなくても㋑抹消登記を申請することが可能ですが、一般的には㋐→㋑の順で手続きを行います。
債務が消滅したのがAの死亡後である場合には、相続登記を入れたあとでなければ、抵当権抹消登記を申請することができません。
抵当権抹消書類がない場合
抹消書類が手元にない場合としては、次のようなケースが考えられます。
㋐団信の適用により債務が消滅したが、まだ金融機関から書類が届いていない。
㋑何らかの理由により、完済したものの抹消書類を受け取っていない。
㋒以前に完済し、抹消書類の交付を受けたが、紛失してしまった。
㋐㋑の場合には、金融機関に申し出をすれば、比較的スムーズに書類を受け取ることができます。
他方、㋒の場合には、金融機関が書類を再度作成しなければなりませんので、時間と手間がかかります。
また、抹消書類のうち、登記識別情報(登記済証)は、法務局が発行するものですが、紛失や汚損などがあっても、同じものをもう一度出してもらうことはできません。
本来、抹消登記の際には抵当権者の登記識別情報(登記済証)が必要なのですが、提供・添付できない場合には、代わりに事前通知という手続きがされることが一般的です。
登記識別情報(登記済証)の提供・添付がないまま申請がなされた場合、法務局から抵当権者に対し、次の事項が通知がされます。
- 登記申請があったこと
- 申請の内容が真実であると考えるときは、一定期間内にその旨の申出をすること
その後、期間内に抵当権者から申出があった場合には登記が処理されますが、なかった場合には却下されます。
この申出書は、委任状に押印したものと同じ印鑑(実印)で作成する必要があります。
登記識別情報(登記済証)の提供・添付が出来ない場合に、抵当権抹消登記を申請する場合には、別途抵当権者の印鑑証明書(登記申請日から発行後3か月以内のもの)が必要であるためです。
抵当権抹消登記の場合、金融機関は委任状に認印を押すことが一般的で、実印を押した委任状を準備するのには時間がかかることが多いです。
また、事前通知の手続きを行う分、審査期間が長くなりますので、通常の場合よりも登記の完了が遅くなってしまいます。
第三者の債務の担保となっていた場合
なお、ここまでは、抵当権設定者と債務者が同じ人である場合について解説をしてきました。
先の事例を少し変えて、Bが甲銀行から借り入れをし、A所有の不動産に抵当権が設定されたとします。
この場合には、Aが死亡しても、債務者の地位に変更は生じませんので、所有権の移転登記手続きのみを行うことになります。
この記事の執筆者
-
東京司法書士会所属 登録番号7208号
東京都行政書士会所属 登録番号第19082417号
司法書士法人リーガル・ソリューション 代表司法書士
行政書士事務所リーガル・ソリューション 代表行政書士
前職の不動産仲介営業マン時代に司法書士試験合格。
都内の司法書士法人に転職し経験を積んだ後、司法書士法人リーガル・ソリューションを設立、同社代表社員就任。
開業以来、遺産相続、不動産登記手続き、不動産に関する紛争の解決(立ち退き、賃貸トラブル、共有物分割請求、時効取得等)に特化。
保有資格は、司法書士、行政書士、宅地建物取引士、マンション管理士、管理業務主任者、競売不動産取扱主任者。
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