更新日:2021-10-28
『親族の遺産の中に未登記建物がある』
『未登記建物の相続手続きについて詳しく知りたい』
『未登記建物の処分を検討している』
この記事はそのような方向けに書いています。
今回は、未登記建物を相続した場合どのようにすればよいか、相続人の方が疑問に抱くであろう点を中心に、司法書士の樋口が詳しく解説しています。
この記事で分かること
未登記建物(家屋)とは
未登記建物とは、建築に伴う建物表題登記の手続きがされておらず、登記の記録が存在しない建物のことです。
なお、下の図の㋑のように、一部のみが「未登記」の建物もありますが、本稿では、㋐全体について登記がされていないものを「未登記建物」として解説をしていきます。
登記というのは、物の状況や権利関係を公示するための法制度で、法務局が取り扱います。
不動産の登記は、表示に関する登記と権利に関する登記とに分けられます。
表示に関する登記 | 権利に関する登記 | |
役割 | 物理的状況を公示 →権利の対象となる不動産を特定し、権利に関する登記の土台となる |
権利関係を公示 →自分が権利者であることを、当事者以外の第三者に対して主張することができる |
例 | 土地・建物表題登記、地目変更登記、建物滅失登記など | 所有権保存登記、所有権移転登記、抵当権設定登記など |
登記簿 | 表題部に記録される | 権利部に記録される |
申請義務 | 義務があるものが多い | 任意 ※相続登記については、2024年4月1日に義務化 |
登録免許税 | 不要な場合が多い ※土地分筆・合筆登記、建物分割・合併登記は必要 |
原則として必要 |
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登記は、「登記簿」と呼ばれる帳簿に記録されます。
登記簿は、大きく表題部と権利部とに分かれており、前者には表示に関する登記が、後者には権利に関する登記が、それぞれ記録されます。
記録される内容 | |
表題部 | 土地:所在、地番、地目、地積など 建物:所在、家屋番号、種類、構造、床面積など |
権利部 | 甲区:所有者の住所、氏名など 乙区:権利者の住所・氏名、権利の内容など |
新築などにより建物の所有者になったとしても、その所有権をいきなり登記することはできません。
まだ建物についての登記記録がなく、所有権の対象となる不動産を特定することができないためです。
そこで、まずは表示に関する登記(ここでは①建物表題登記)の申請手続きを行います。
これにより登記簿の表題部に建物の物理的状況が記録されますので、その後に所有権に関する登記(ここでは②所有権保存登記)を申請します。
また、新築に際して住宅ローンを利用する場合には、通常、建物に対して金融機関の抵当権が設定されます。
抵当権とは、金融機関などのお金を貸す側が不動産を担保にとり、もし支払いが滞ったときは、競売を申し立てることによって、優先的に配当を受けることができる権利のことです。
担保を提供する人や対象物件が特定されていなければ、抵当権を設定する登記の手続きができませんので、前提として①②の登記が必要になります。
表示に関する登記には、権利の対象となる不動産を特定し、その物理的状況を正確に知らせるという公益的な役割があるため、申請義務が課されているものが多いです。
建物表題登記の申請も義務とされており、建物として認められる条件を満たしている限りは、例外なく登記手続きをしなければなりません。
しかし、実際には数多くの未登記建物が存在しており、特に昭和以前に建てられた物件に多く見られます。
理由の一つとして、かつては住宅ローンの利用率が低く、自己資金で建物を建築をしていたということが挙げられます。
住宅ローンを利用する場合には抵当権設定登記の手続きが必要ですので、未登記のままでは融資を受けることができません。
一方で、抵当権設定登記を申請する必要がないのであれば、費用をかけてまで手続きをしなくてもよい、という考えの人も少なくなかったようです。
登記手続きをしないことで登録免許税や専門家へ支払う報酬は節約できますが、固定資産税については、原則として支払わなければなりません。
各市区町村は、不動産の所在・所有者・評価額などを記載した課税台帳を作成しており、これに基づいて固定資産税を課税します。
不動産が課税台帳に登録される場合としては、次の2パターンがあります。
㋐登記がされた場合 | 表示に関する登記がされたときは、その旨が法務局から市区町村に対して通知されます。 |
㋑自治体の調査により、物件の存在が判明した場合 | 課税の公平性を期すため、航空写真の照合などによる未登記建物の調査が行われています。 未登記であっても、市区町村が建物の存在を把握すれば課税台帳に登録されますので、固定資産税が課されます。 |
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未登記建物かどうかの確認方法
相続した建物が未登記かどうかは、固定資産税の納税通知書を見るとわかります。
新しい建物が登記される際には、一個の建物につき一つの家屋番号が付けられます。
固定資産の課税台帳は、登記がされている不動産については、登記簿の情報をもとに作成されますので、課税明細書にも同じ家屋番号が記載されます。
そのため、この欄に何も書かれていないか、または「未登記」とある場合には、登記記録が存在しない建物であると考えられます。
なお、課税証明書への記載方法は自治体によって異なりますので、上記以外の表記がされていても、未登記建物の可能性はあります。
未登記建物であることのリスク(デメリット)
未登記の状態であっても、今まで特に不都合はなかったので、この先も登記手続きをする必要はないと考えている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、登記をしないまま放置しておくことは、次のようなリスクを伴います。
- 売却できない
- 担保提供できない
- 対抗要件を具備していない
- 法律違反
売却出来ない
不動産の売買が行われると、通常は所有権移転登記の手続きを行い、売主から買主へ、登記の名義を変更します。
この手続きをしないと、買主が新しい所有者となったことを、当事者以外の第三者に対して主張できなくなってしまうためです。
登記簿には権利が移転した経緯を正しく記録する必要がありますので、いきなり買主名義で登記を申請することはできません。
未登記建物を売却するときは、まずは売主側で建物表題登記と所有権保存登記を申請してから、買主への所有権移転登記手続きを行わなければなりません。
売主側の登記手続きに時間がかかってしまうと、思うようなタイミングで売却ができず、損をしてしまう可能性があります。
そもそも登記の名義が入っていない状態では、売主が本当にその建物の所有権を取得したのか確認できませんので、売買契約をすること自体が難しいと思われます。
ただし、売主と買主、双方の合意があれば、未登記のままで売買を行うことも可能です。
売買のあと、すぐに建物を解体するような場合に、この方法がとられることがあります。
担保提供できない
相続した不動産を担保にして金融機関からお金を借りたいと思っても、未登記のままでは融資を受けることができません。
金融機関の融資は、不動産について抵当権(根抵当権)設定の登記手続きを行うことが前提になっているためです。
なお、未登記建物とその底地とを相続した場合には、土地のみを担保に入れるということも考えられますが、これを認めない金融機関も少なくありません。
将来的に、債務者ではない人から所有権や占有権を主張され、債権回収に支障が生じるというリスクを避けるためです。
そのため、未登記建物については登記手続きを経たうえで、土地と建物の両方に抵当権を設定することが多いようです。
対抗要件を具備していない
対抗要件とは、ある物や権利に対し、自分が所有権などの権利を持っていることを、当事者以外の第三者に対して主張するための要件のことです。
不動産に関する権利変動の場合には、登記が対抗要件となります。
ここでいう登記は、表題登記だけでは足りず、権利に関する登記を備える必要があります。
建物が登記されていないと、例えば、次のようなケースで不都合が出てきます。
Bの夫Aは、地主Cから借りた土地の上に家を建て、Bとともに居住していたが、登記手続きは行っていなかった。
その後、Aが死亡し、建物はBが取得することになった。
その後、CはDに土地を売却し、所有権移転登記手続きも行われた。
DはBに対し、土地を明け渡すよう請求した。
一般論として、借地権も相続の対象となりますので、Bがこの権利を取得すること自体は可能です。
しかし、Bが借地権があることをDに対して主張するためには、建物について対抗力のある登記を備えていなければなりません。
借地の場合の対抗要件としては、次のものがあります。
- 地上権設定登記
- 賃借権設定登記
- 借地上に、登記されている建物を所有していること
Bはどの手続きもしていませんので、Dの要求を拒むことができなくなってしまいます。
関連記事:借地権付き建物を相続した場合の手続き|名義変更料は必要?
法律違反
表題登記がない建物の所有権を取得した人は、取得の日から1か月以内に表題登記を申請しなければなりません。
申請を怠った場合には、10万円以下の過料が科される可能性があります。
実際には、未登記建物は数多く存在しますし、手続きをしていない人に対して過料が科された例は、あまりないと言われています。
とはいえ、今後の運用が変わる可能性もありますし、法律違反の状態を放置しておくことはお勧めできません。
手続の手順
ここからは、未登記建物を相続した場合の手続きの流れを説明していきます。
- 建物を取得する人を決め、遺産分割協議書を作成する。
- 建物表題登記を申請する。
- 所有権保存登記を申請する。
建物表題登記
建物表題登記とは、その建物について初めてされる登記のことで、所在・家屋番号・種類・構造・床面積・所有者の住所氏名などが記録されます。
以前は「表示登記」とも言われていましたが、法改正により、正式には「表題登記」という呼び方になっています。
表題登記の名義人となる人は、被相続人と相続人のどちらでも問題ありません。
登記申請の主な必要書類は、次のとおりです。
・所有権証明書
(建築確認済証・検査済証、工事完了引渡証明書など ※ケースによって用意する書類が異なります。)
・建物図面、各階平面図
・住所証明書
・相続に関する書類(被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍、遺産分割協議書(印鑑証明書つき)など)
建物表題登記の登録免許税はかかりませんが、土地家屋調査士という専門家に依頼する場合には報酬が発生します。
建築して間もない家屋であれば、報酬は10万円程度の事務所が多いですが、古い建物の場合には、築年数に応じて費用が高くなる傾向があります。
建築してから時間が経っている場合、当時の資料が残っていないことも多く、登記申請に必要な書類を揃えるのに手間がかかるためです。
所有権保存登記(相続人から)
建物表題登記が完了したら、次は所有権保存登記を申請します。
表題登記と同じように、保存登記も、被相続人と相続人、どちらの名義でも登記手続きをすることができます。
最終的に相続人の名義で登記をするだけであれば、②や③のほうが、手間や費用を抑えることができると思われます。
課税価格
登記を申請する年度の固定資産税の課税明細書に記載されている評価額です(1,000円未満切り捨て)。
登録免許税
(課税価格)×0.4% が登録免許税額となります(100円未満切り捨て)。
なお、次の要件を満たした場合には、税率の軽減措置を受けられる可能性があります。
・登記簿上の床面積が50㎡以上
・築年数が、原則として20年以内(木造の場合)
・相続人が住居として使用する
必要書類
・住所証明書
登記名義人となる人の住民票、戸籍の附票、印鑑証明書など
・①②の場合には、相続に関する書類
被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍、遺産分割協議書(印鑑証明書つき)など
司法書士報酬
登記の費用としては、登録免許税などの実費のほかに、司法書士への報酬がかかります。
報酬については各事務所が自由に決めることができるため、依頼先によってかなり差がありますが、一般的には、通常の所有権保存登記の費用より高めの金額を設定している司法書士事務所が多いです。
相続登記について詳しく知りたい方は『相続登記とは?亡くなった人の不動産の名義変更について法改正点も含め解説』をご覧ください。
実務的には家屋所有者変更届出
未登記建物の所有者が変わった場合、実務上は、相続登記手続きをするほか、家屋所有者変更届を提出するという方法も用いられています。
この届出は、不動産の所在地がある市区町村に対して行います。
提出の際には、相続を証する書類として、遺産分割協議書(相続人全員の印鑑証明書つき)、遺言書などを添付する必要があります。
各市区町村により必要な書類が異なりますので、詳細は各自治体にご確認ください。
届出をすると、翌年度から、新しい所有者に対して納税通知書が発送されるようになります。
未登記建物の遺産分割協議書の記載方法
遺産分割協議書については、特に決まった書き方はありませんが、誰がどの財産を取得するのかがわかる程度に特定されていなければなりません。
遺産が不動産の場合には、登記簿謄本のとおりに記載することが多いですが、未登記建物には登記記録がないため、納税通知書などを参考にして記載します。
(記載例)
自分で手続き出来る?
未登記のままにしておく理由の一つとして、登記にかかる費用を節約したいということが挙げられるかと思います。
登記の申請に必要な費用について、もう一度まとめてみます。
報酬の相場 | 登録免許税 | |
表題登記 | 10万円程度~ ※築年数が経っている場合には高くなる傾向がある |
なし |
所有権保存登記 | 25,000円~ ※別途遺産分割協議書作成費用、戸籍謄本等取得代行の報酬がかかることが一般的 |
固定資産評価額×0.4% ※一定の場合には軽減措置あり |
(スマホでは右にスクロールできます)
一般の家屋であれば、登録免許税は数万円程度と考えられますので、自分で登記の申請をすれば、比較的安く済ませることができるようにも見えます。
登記手続きは必ず専門家に依頼しなければならないものではなく、法律上は自分で行うことも可能です。
しかし、未登記建物の多くは、建築されてからかなりの年数が経っています。
現在に至るまでの間に、当時の資料がなくなってしまったり、所有者が死亡して相続関係が複雑化していたりするケースも少なくありません。
例えば、建物表題登記の際に必要な所有権証明書としては、建築確認済証や工事完了引渡証明書を添付することが一般的ですが、これを紛失していることが多々あります。
代わりに使える書類として、請負契約書、代金の領収書、固定資産税の納付証明書、隣地所有者の証明書などがありますが、こちらも容易に揃えることができるものばかりではありません。
また、相続人の名義で登記の申請ができるとはいえ、必要な書類は、相続による所有権移転登記手続きの場合とほぼ同じです。
特に所有者が亡くなってから時間が経っている場合には、戸籍を収集して相続人を確定するだけで、多くの労力と時間がかかってしまいます。
このように、費用をかけてでも専門家に依頼したほうがいい場合もありますので、いちど相談されてみるのもいいかもしれません。
この記事の執筆者
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東京司法書士会所属 登録番号7208号
東京都行政書士会所属 登録番号第19082417号
司法書士法人リーガル・ソリューション 代表司法書士
行政書士事務所リーガル・ソリューション 代表行政書士
前職の不動産仲介営業マン時代に司法書士試験合格。
都内の司法書士法人に転職し経験を積んだ後、司法書士法人リーガル・ソリューションを設立、同社代表社員就任。
開業以来、遺産相続、不動産登記手続き、不動産に関する紛争の解決(立ち退き、賃貸トラブル、共有物分割請求、時効取得等)に特化。
保有資格は、司法書士、行政書士、宅地建物取引士、マンション管理士、管理業務主任者、競売不動産取扱主任者。
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